近江の城めぐり

第13回 佐久良城日野町

佐久良城跡に残る石垣
(日野町)

土壇、民俗行事の場に

佐久良さくら城は、日野町の北部を東西に流れる佐久良川の北側に横たわる丘陵上に築かれた城で、「近江蒲生郡志」によれば小倉おぐら實澄さねずみの居城とされていますが、築城や廃城の年代は明確ではありません。

この地の支配者は、南北朝時代の終わりごろを境に、儀俄ぎが(蒲生)氏支流の佐久良氏から小倉氏に変わったようです。小倉氏の本拠地は、東近江市小倉町付近と考えられます。郡志などに小倉氏の系図が掲載されていますが、清和源氏多田氏流とする説や菅原氏とする説などがあって、出自は明らかになっていません。佐久良川流域に進出した契機も不明ですが、この地を拠点とする一族が小倉家の宗家そうけとなっていくようです。

山麓にある八幡神社右手の登り口には、城跡の解説シートが置かれています。城跡は、標高約210m、平地との高低差約40mで、散策道が地元の方々の手で整備されており、案内標識に従いながら土塁や堀跡を観察しつつ進んでいくと、主郭まで難なくたどりつくことができます。

主郭は東西約54m、南北約45mの長方形の範囲を高さ約4mの土塁で囲み、東西辺の中央付近に入り口が設けられていますが、東側の馬出うまだし状の小郭に土橋どばしで接続する東辺側が大手と考えられます。大手周辺の土塁には、部分的に数段の石積みが観察され、堀跡などに転落している石を考慮すると、当初はより多くの石積みが施されていたものと考えられます。

なお、南側土塁の東西角には土壇どだんが設けられています。ここは近年まで地元の佐久良の人たちが、お盆に迎え火と送り火をく民俗行事(ショウライ)をしていた場所です。土壇はこの行事のために改変された遺構のようで、本来の城には伴わないと考えられますが、今日に至るまで城跡が、地元の人々にとって大切な場所であったことをうかがい知ることができます。

(滋賀県文化財保護課 田井中洋介)