近江の城めぐり

第51回 彦根藩・井伊家の至宝彦根市

井伊家に伝わる国宝「彦根屏風」(第2扇)。右側には刀にもたれる「かぶき者」風の男、左側に洋犬を引き連れた女が描かれている
(彦根城博物館所蔵)※画像の複製を禁じます。

屏風など大切に保存

彦根城表御殿おもてごてんを復元した彦根城博物館には、藩主井伊家に伝わった約4万5千件の資料が保管され、展示公開されています。甲冑かっちゅうや刀剣、馬具など武家としての「そなえ」はもちろんのこと、能面や能装束、雅楽器、茶道具、書画、調度品、さらには古文書など幅広い内容をもつ品々です。

大名だいみょう道具と呼ばれたそれらの品々は、大名家にふさわしい格式を保つため、井伊家をはじめ全国の藩主たちが競って集めた名品コレクション群でしたが、明治維新と第2次大戦後の社会変動の影響により、ほぼ散逸さんいつしたといわれています。そうした中で井伊家の大名道具は地元で大切に守られ、彦根城とともに市民の宝として保存活用が図られている点で特筆されるものです。

井伊家資料の中で、最も有名なのが国宝「彦根屏風びょうぶ」でしょう。寛永年間(1624~1644)ころの京の遊里ゆうりの様子を描いた、近世初期風俗画ふうぞくがの傑作です。正式な名称は「紙本金地著色風俗図しほんきんじちゃくしょくふうぞくず」で、画題に彦根はいっさい関係しないのですが、彦根藩井伊家の至宝としてあまりにも著名なことから、誰もが「彦根屏風」の愛称で呼んでいます。

ところで、この「彦根屏風」が井伊家のものとなったのは意外に新しく、幕末期のことのようです。近世中期には江戸の町屋に、幕末の天保期には古美術商のもとにあったと推測されており、その後井伊直弼が購入したとする言い伝えも照会されています。

さらに彦根城博物館の髙木文恵氏の研究によると、13代当主の直弼ではなく12代の直亮なおあきが当主であった時代(1812~1850)に入手されながら、屏風として仕立てられる前に直亮が死去してしまったと推定されています。国宝彦根屏風を掘り起こした慧眼けいがんの持ち主が直亮だったのか、あるいは直弼だったのか、たいへん気になるところで、今後の研究に期待しています。

※その後の研究で、直亮が購入したものの帳簿が発見され、この「彦根屏風」は直亮が購入したものと確認されました。

(滋賀県文化財保護課 井上優)